セントラル・スクール・オブ・バレエの3年生全員で構成される、
ツアーカンパニーの「バレエ・セントラル」
衣装、シューズ、音響、照明など、
ツアー公演の全てを積んだバンが
盗難に遭うという悪夢から、1週間。
生徒やスタッフ、
そしてサポーターの願いが届いたのか、
衣装だけが無傷で発見されました。
シューズや小道具などは
結局見つかりませんでしたが、
このツアーのためにデザインされ、
新調された100点を超える衣装が戻ったことは、
学校関係者、
とりわけ生徒たちにとっては、
無上の喜びだったに違いありません。
バースでの公演は
元々購入していたチケットですが、
ロイヤル・ウェディングにも関わらず、
小さな劇場は多くの観客で賑わっていました
(チケットは昼夜公演ともに随分前から売切れだったそうです。)
上演作品は全部で5作品。
話題のJenna Lee振付「ブラック・スワン(黒鳥)」は、
ナタリー・ポートマンが主演した
同名の映画から着想を得たもの。
ダンサーたちの演技力と
バレエ・テクニックの光る作品でした。
ロイヤル・バレエ団の振付家でもある、
ウェイン・マクレガーの「FAR」では、
デュエットが上演されましたが、
マクレガーの難しいムーブメントを
見事に再現していました。
マクレガーのカンパニーダンサーによって、
入念にリハーサルが行われたことが伺われます。
今回、これまでのバレエ・セントラルの歴史の中で
大きな出来事がありました。
ケネス・マクミランの隠れた名作
「Valley of Shadows」の上演です。
この作品は
ムッソリーニ独裁下のイタリアで
迫害されながら生きるユダヤ人家族の
悲しい運命を描いたもので、
ロンドン初演時には、
ホロコーストというテーマを
バレエで描くことに、
かなりの物議をかもした、いわくつきの作品です。
マクミランの作品を
ロイヤル・バレエ・スクール以外の学校が
上演することも稀ですが、
バレエ団でさえ、1984年以来、
再演をしていなかった作品を舞台に乗せることは、
セントラル・スクール・オブ・バレエの
イギリスバレエの歴史を引き継ぐ役割と、
今後のバレエ・セントラルの
更なる大きな成長を意味しています。
今回はトリオとデュエットの部分を抽出していますが、
マクミラン財団のデボラ・マクミラン、
前ロイヤル・バレエ団芸術監督モニカ・メイソンをはじめ、
初演時キャストから、
アレッサンドラ・フェリ、
ガイ・ニブレット、
ノーテイター(舞踊譜家)堀田真由美ら、
そうそうたるメンバーにより、リハーサルが進められました。
マクミランらしい
複雑なリフトの連続ですが、
「余計なことはなにもしなくても、
私の振付が全てを表現する」
というマクミランの言葉を
忠実に守ろうとする
学生たちの努力が観られました。
学生には大変な挑戦だと思いますが、
ツアー半ばとしては、
かなりの完成度に達しています。
今回のバース公演では、
小さな観客も多いため、
悲劇的場面となる後半部分は
披露されませんでしたが、
その意味も含めて7月の最終公演には、
どんなに素晴らしい舞台になっているか、
今から楽しみでしかたありません。
恒例となったマシュー・ボーン作品からは、
今年は「眠れる森の美女」。
楽しい妖精たちの踊りの場面が上演されました。
バレエ・セントラル芸術監督クリストファー・マーニーが初演した
ライラック伯爵(リラの精)を中心に
6人の妖精たちが
生まれたばかりのオーロ姫に贈り物をする場面です。
音楽はチャイコフスキーのままですが、
振付はボーンらしいウィットに富んだもの。
それぞれのソロは短いものの
演技力、テクニック、音楽性、
すべてが要求される踊りです。
ここはさすがにマーニー芸術監督の腕の見せ所です。
それぞれのダンサーの長所をよく引き出して、
プロ顔負けの小品に仕上げられていました。
午前、午後公演とも、
Feral(日本ではカナリアまたは呑気の精)は、
日本人の生徒(太田菜月・宮本七音)が踊りました。
目の回るような素早い動きも
音楽にしっかり乗せて、
妖精のようにキラキラ輝いていました。
最後は学校創設者
クリストファー・ゲーブル(元ロイヤル・バレエ団プリンシパル)振付による
「シンデレラ」。
盗まれた小道具こそ戻って来てはいませんでしたが、
言われなければそんなことにも気づかないほど、
舞台に引き込まれる演技を見せてくれました。
毎年のことながら、
バレエ・セントラル・ダンサーたちの多様性、
エンターテイナーとしてのプロ意識には、
学生のツアーカンパニーであることを忘れてしまいます。
多くのバレエ団芸術監督が
新入団したセントラルの卒業生を指して、
「卒業したてのダンサーとは思えないプロ意識の高さ」
と賞賛するものであることも納得します。
「アーティスト・芸術家」
と呼ばれるようになる、
その第一歩を確実に歩み始めている
自信を感じた公演でした。
衣装以外、新しく購入された
リノリウムを含めた舞台装置は戻って来ていないバレエ・セントラルですが、
学校が集めた募金は2週間で£15,000(約200万円)を超え、
新しい舞台装置を整えるために必要な
資金の一部とすることができます。
また、イングリッシュ・ナショナル・バレエ団、
ロイヤル・オペラハウス、
そしてフリード・ロンドンからは
即座に支援の申し出があったという話を聞いています。
ロンドンのダンス界が助け合って
学生のツアーを応援するという
心が温かくなる部分もあった出来事でしたが、
もう二度とこんな悲しいことが起こらないよう祈るばかりです。
(オマケ)
今回の公演のあったバースという街は、
ロンドンから特急で西へ1時間半。
ローマ時代の温泉(テルマエロマエ!)の遺跡が
世界遺産に登録されている街です。
英語の風呂「BATH」語源となっています!